気分を買う

「自粛」をいいことに仕事以外ではひたすら家に篭りっきりの毎日である。たいがいの買い物はネットで済んでしまうが、クリックのひとつで手元まで届くモノにはなんとも味気の無さを感じることが多くなった。買う瞬間がテンションのピークで、そのあとは落ちていくばかり。これは虚無。たくさんモノがあるのに満たされない。そこにあるのに、無い。つまんね〜!なんなら買い物自体もつまんね〜!


そんな毒にも薬にもならない日々を過ごす中、用事があったので、珍しく休日に駅構内をうろうろした。色々済ませた後、このまま帰るのもつまんないなと思い、たまたまあった本屋へ立ち寄る。


一角のスペースで特集されていた安西水丸さんの文庫本を手に取った。短編集をパラパラめくると、すぐに読みきれそうだな、そういえばさっき喫茶店を見かけたな、ケーキ食べながら読むのもいいな、とか考えが巡り楽しくなってしまった。これだ。


物を買うときはそのときの気分も一緒に買っているという考え方は納得のいく話で。このとき、気分に引っ張られてその後も楽しく過ごせる気がした。つまり、自分にとって大切なのはどうやって買うかなんだ。良かった、まだ楽しめると安堵した。



ふと、安西水丸さんの本部屋にあったよなと思い直し、結局何も買わずに本屋を後にした。そして、おもしろそうな読みかけの本をいくつか積んでいることも思い出したので少し触れてみたい。


エルメスの香水の創作者による「調香師日記」は特に好きな一冊。美しい文章が存在しない匂いを彩っている。最後に読んだところは、店先に並んだレモンを嗅ぐシーンだ。あまりに瑞々しく甘酸っぱい香りが、文字を突き抜け、形となり、頭の奥まで届いた気がして、思わず本を閉じてしまいそれ以来開けずにいる。この本をとても好きになってしまい読み終わりたくなくなったから。



最近は刺激を求めてついつい遠いどこかへ思いを馳せてしまうけど、しばらくはすぐそばにあるおもしろいことを楽しみたい。


あとレモンって書いたけどグレープフルーツかもしれない。